親子のつながりをつくる脳 vol.3

赤ちゃんを抱っこして歩くと泣き止んだ!

以上で紹介した研究は、子育てをする親側の脳の話ですが、より一層分かっていないのが、親子関係に関する子どもの脳の活動です。子どもが泣いたり泣き止んだり、親を後追いしたりといった親に対する愛着を示すために必要な脳部位については、最新の脳科学でもほとんど分かっていないといっても過言ではありません。

そもそも動物においても、成体(おとな)に比べて子どもの研究は難しいものです。子どもは急速に発達するので、脳の大きさも行動も成長にともなって日々変わっていきますし、身体が小さいので、実験自体が難しいのです。しかし、泣くなどの愛着行動はヒト・サル・マウスでかなり共通しているので、方法さえ工夫すれば、子どもの愛着の脳内メカニズムを研究することは可能です。

愛着の中でも、最近私たちは、赤ちゃんを抱っこして歩くと泣き止む、という現象を突き止めました。子育てをしたことのある方は、思い当たるのではないでしょうか。ネコやイヌ、ライオンなど他の動物でも、親が子を運ぶときに子がおとなしくなって運ばれることは、経験的には知られていました。

しかし意外にも、この現象は科学的にまだ調べられていませんでした。それをヒトの乳児とマウスの実験で確認したのです。親が抱っこして歩くと赤ちゃんはリラックスして泣き止み、おとなしくなるのですが、それはマウスも人間も同じでした(図6)。

図6 赤ちゃんを抱っこして歩くと泣き止む! ――輸送反応
図6 赤ちゃんを抱っこして歩くと泣き止む! ――輸送反応

私たちは、この現象に「輸送反応」という名前をつけ、2013年に報告しました。通常はこのような基礎研究が実際の生活に役立つまでには時間がかかるのですが、この研究は、すぐに一般の家庭でも取り入れられて役立てることができました。

「輸送反応」という言葉はすでに、運ばれるときに人間や哺乳類の赤ちゃんがおとなしくなる現象、という意味で一般に使われ始めています。また輸送反応というキーワードでインターネットを検索すると、これを利用して子育てしているブログがいくつも見つかります。とくに、お母さんがいないときに慣れない子守りや寝かしつけをしなければならないお父さんが、「こうすれば泣き止むとわかって、赤ちゃんへの苦手意識がなくなった。みなさんもぜひ試してみてください」などと書かれているのを見ると、研究したかいがあったと思います。

「輸送反応」のメカニズム

この輸送反応について、私たちが行った実験を簡単に紹介します。

母親に、赤ちゃんを腕に抱いた状態で「座る・立って歩く」を約30秒ごとに繰り返してもらいました。このときの赤ちゃんの行動を映像で、生理的反応を心電図で記録しました。その結果、母親が歩いているときは座っているときに比べて、赤ちゃんの泣く量が約10分の1になり、足を蹴ったり手をつっぱったりする自発運動の量が約5分の1に低下しました。さらに心拍数は、母親が歩き始めて約3秒程度で顕著に低下しました。これらの結果から、母親が赤ちゃんを抱きながら歩くと、赤ちゃんがリラックスしおとなしくなることが分かったのです。

次に、マウスでも同じことが起こるかどうかを調べました。母親マウスは子マウスを運ぶとき、子マウスの首のうしろを軽くくわえます。離乳前の子マウスは、このように運ばれるときおとなしくなります。また、母親マウスの動作をまねて人間が首のうしろの皮膚をつまみ上げても、子マウスはおとなしくなり、心拍数も低下しました。

子マウスも人間の赤ちゃんと同じように、母親がいなくなったら泣いて呼びます。ただし、子マウスの泣き声は超音波で人間には聞こえないため、特殊な装置で測定します。その超音波で泣く回数も、つまみ上げたときは、何もしないときの10分の1ほどに低下しました。

これらの結果から、母親が子を運ぶときには、マウスでも人間でも子が泣き止んで、おとなしくなり、リラックスすることが明らかになりました(図7)。

図7 子マウスも、輸送運動によっておとなしくなる
図7 子マウスも、輸送運動によっておとなしくなる
子マウスは親マウスにくわえられたときのように首の後ろをつまみ上げられると、下肢を縮めて丸くなり、心拍数も低下する。そのとき、鳴き声(超音波発声)をあげる回数も、何もしないときの約10分の1に減った。

次に、輸送反応のメカニズムを脳や生理機能のレベルで明らかにするため、さまざまな遺伝子改変マウスで輸送反応を調べました。マウスは母親に運ばれるとき、リラックスしていても完全にだらりとなっているわけではなく、下肢を縮めて丸くなることが知られています。

ですが小脳皮質に異常のあるマウスで実験をしたところ、輸送されるときに体を丸める姿勢ができないことが分かりました。また、正常なマウスでも、首のうしろの皮膚の感覚をリドカインという麻酔薬でなくしたり、ピリドキシン(ビタミンB6)の過剰投与で空中を運ばれている感覚を阻害したりすると、おとなしくする時間が短くなりました。

この実験からは、輸送反応中の姿勢制御(体を丸める反応)には小脳皮質が、おとなしくなる反応には首のうしろの皮膚感覚と空中を運ばれるときの固有感覚が、それぞれに重要であることが分かります。

ちなみにビタミンB6は、神経細胞の活動に必須のタンパク質です。通常の食生活で、欠乏症や過剰症になることはありません。しかし実験的に普通の食生活やサプリでは起こりえないほどの量を投与すると、一時的に固有感覚を麻痺させることが知られています。固有感覚とは、筋や、腱、関節などの状態を知る内部感覚で、自らの手足がどうなっているのかを把握するために使われます。自分の体が動いているという感覚は、固有感覚と平衡感覚(前庭感覚)、そして視覚の3つを統合して作られています。

著者:黒田公美 親和性社会行動研究チーム チームリーダー

出典:講談社ブルーバックス



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