先達からのメッセージ
先達からのメッセージ
(1997年~2002年)
伊藤正男
更に20年先を想う
1997年、理研の戦略センター群の第一号としてBSI が創立された時、準備委員会で所期の目標を達成するには何年かかるかが議論され、私が「20年はいる」と応えたのがきっかけで本当に20年計画が実現することになった。20年の進歩を自分の目でみることは出来るだろうかと自分自身懐疑的だったが、それが現実に叶うこととなった。BSIの前身のフロンティア研究システムから数えればこの間30年近い歳月が流れたことになる。基礎研究がいかに時と費用を要するものであるかを痛感させる。この間BSIは大きく成長していまやCBSとして更なる発展をはかることとなった。
私がセンター長を務めた初期のBSIでは、総てが試行錯誤の観を呈したが、特に物事の学際性に重きをおいた。小さな分野が沢山、雑多により集まった脳科学に全体的な枠組みを与え、メガサイエンスの一つとして統合することを考えた。また、一方では、何事も国際的な尺度ではかることを心がけた。20年の努力によりBSIの国際競争力には目を見張るものがある。
新しい世代に特に言い継ぐことはないが、強いて言えば、20年前、日本に溢れた時代精神—「未開拓な領域に挑むフロンテイアスピリット」に導かれつづけることである。この20年間、脳科学の進歩は目覚ましかったが、『こころ』の問題を始め、まだ多くのフロンティアが残されている。今後の20年を想うと、どのような進展が脳科学にもたらされるのか興味深い。
(2003年~2008年)
甘利 俊一
若い研究者たちへ
人類は知的な好奇心を備えるに至った。これこそが文明社会を築き上げたのであり、私たちを科学や技術の探求に向かわせる根源である。もちろん、これだけで研究ができるわけではなく、研究は多くの枠組に支援され、また縛られている。しかし、研究は常に知的好奇心に発し、そこからほとばしる情熱に支えられている。いかなる条件の下でも初心を忘れずに、自分自身のしたいことをやってほしい。
研究は苦しい。成果はそうは容易には出ない。でも自分を信じ、苦しい道をよじ登っていけば、いつかは何かが出てくる。そのうち、苦闘すること自体が楽しみになる。そしてうまくいったときのうれしさ、高揚感はまたひとしおである。成果が出るには幸運が必要であるが、幸運は待つものではなくて、つかみ取るものである。努力の後に運がついてくる。
研究は現代社会の重要な構成要素であり、社会に支えられている。私たち研究者は社会に対して責任を負っている。脳科学は人間に直接つながる研究であるから大きな広がりを持ち、それ自体大変重要で面白い。その中で、好奇心に発した自分の意欲を忘れずに貫き通してほしい。研究のテーマにしても、与えられた道を安易に歩むのではなく、常に新しい冒険に乗り出してほしい。
理研はかって研究者の天国と言われた。いまは、日本全体がかっての栄光を失い閉塞感に包まれている。その中で私たちは苦闘している。しかし、本当に天国などあったのだろうか。研究者の天国は与えられるものではなくて、私たち自身が作り出すものではなかろうか。苦しい条件の中でも自分を忘れず、初心を貫いて自分の天国を作り出すこと、これこそが私たちの生きがいである。
(2009年~2017年)
利根川 進
科学は楽しい!
2017年に子どもたちにアンケートした結果、将来なりたい職業のトップに「学者・博士」が挙げられた、という新聞記事を目にしました。将来の職業として「学者・博士」がトップになったのは、実に15年ぶりとのこと。これを読んで、意外な感じと嬉しさとが相半ばしました。
この記事によると、アンケートを始めた1989年から過去2回を除いて、サッカー選手や野球選手になることが子どもたちの「将来の夢」の第一位・二位を占めていたとのこと。「学者・博士」がトップに躍り出たのは、ここ数年、毎年のように科学系の日本人ノーベル賞受賞者が出たことも、その大きな理由の一つではないかということでした。
理由は何であれ、子供たちが科学に夢を感じていることは、非常に嬉しい。しかし、彼らが成長して進路を決めていく過程で、この夢がしぼんでしまうのではないかという心配は大いにあります。
特に日本では、ここ数年来政府の政策で、自然科学の醍醐味を感じられる基礎科学研究への投資が激減しており、研究者の道へ進む学生たちの数が減っているのが現状だからです。
私の周囲にいる卓越した科学者たちを観察するに、幾つかの共通点があるように思います。
第一に、彼らは本当に科学的探求が好きで、それぞれの分野の中心的な命題の解明に、飽くなき興味をもって邁進し、その追求を大いに楽しんでいるということです。
第二に、これらの研究者の多くは、非常にクリエイティブな研究成果を上げた研究者たちと、比較的若い頃(大学院生やポストドク)に師弟関係または先輩・後輩関係でつながりがあるということです。
第三に、彼らが大発見につながる研究をしているころ、往々にして運が良かったように見えます。それでも「運も実力のうち」と言われるように、飽くなき探究心や、困難に遭遇しても諦めない楽観性、周囲の優れた研究者たちをよく観察して、彼らのポジティブな態度から学習する能力や性格を備えているからこそ、運を引き寄せることができるのでしょう。
今日の子どもたちの多くがそう思うように、科学は素晴らしい職業、いや職業ではなくして、アートやミュージックのように、とてもクリエイティブで楽しいものです。大いに興味をもって、人類にとってこれまで未知であった自然の神秘を解明しようではありませんか。