第十一回 宮本 健太郎
In My Own Little Corner♪-誰もが生きやすい社会を目指して 前編
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今夜の研究者
宮本 健太郎(みやもと けんたろう)
理化学研究所 脳神経科学研究センターにて思考・実行機能研究チームを率いる。
幼少期から変わり者で、なかなか集団に溶け込めなかった苦い経験をバネに、学術変革領域研究(B)「コントラリアン生物学:逆張り戦略がもたらす新しい社会均衡の仕組み」を立ち上げ、領域代表を務めている。 休日は、「すみっコぐらし」のとかげ(手乗りぬいぐるみ)を相棒に、朝食の美味しいカフェや美術館を巡り、東京のすみっこでひっそりと暮らしている。X(Twitter): @KentaroMiyamot2
Neuro Square:自己と他者のこころを想像する脳の仕組み —あまのじゃくはみんなの役に立つ
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そもそもメタ認知ってなに?
竹内 宮本さんは“メタ認知”を研究されているとのことですが、まずメタ認知という言葉自体、聞き慣れないというか……。例えば哲学に形而上学というのがありますけれど、英語でメタフィジックスといいますよね。一般的に“メタ”というと別の視点というか、上から見るみたいなイメージがあります。しかし、メタ認知となると正直つかみ切れていない気がしています。
宮本 メタ認知というのは、竹内さんがおっしゃったようにメタ、つまり高次の視点であるということがポイントです。まず私たちには、目に映るものを認識するとか、過去の記憶を思い起こすとか、何か感情が湧き上がるとかいったベースとなる認知活動がありますよね。メタ認知はその一つ上の階層にあって、自分の認知活動を一歩引いて客観的にとらえて評価する能力といえます。メタ認知というテーマは、古くから心理学や哲学の分野で研究されていました。最近のさまざまな技術的な革新によって、脳とその機能をより詳細に計測したり制御したりできるようになったことで、一見哲学的、抽象的な意識や無意識といった概念を脳神経科学的なアプローチで検証できるようになってきました。この流れのなかで、メタ認知も脳神経科学的な研究が進んできています。
竹内 つまりメタ認知を行っている部位、神経回路が脳のどこかにちゃんとあって、測定可能だということですね?
宮本 そうなります。私の研究室では、ヒトにおいて特によく発達しているこのメタ認知という能力が、どのような脳の働きによって現れているのかを理解しようと研究しています。
竹内 例えば「自分の行動がほかの人からどう見られているのか」と考えることは日常的にありますが、それもメタ認知能力のなせる業なのでしょうか?

宮本 そうです。メタ認知は自らを客観視するというだけでなく、自分自身の行動や認知に焦点を当てつつも、「他人から自分はどう見られているのだろう」という自分以外の人の視点を推測して、実際の自分の行動をシミュレーションする能力でもあります。つまり、他人に対して投げかける視点を自分自身に対しても同時に向けることができる能力ということです。
竹内 最近、『サマータイムレンダ』というマンガを読みました。主人公・慎平は困難に立ち向かう度に、「俯瞰しろ」って自分に言い聞かせるんです。そうすると、別のところから全体像を見ているような視点でストーリーが展開していく。これは主人公のメタ認知的な所作ですかね。
宮本 はい。実は脳というのは、外界からの入力をただ単に処理をして、判断や行動などの出力を生み出すといった受動的な装置ではないんです。この入力に対してはこういう出力が有効、といった経験や学習によって脳内にモデルを作りアップデートを重ねている。このモデルが脳内にすでにあるからこそ、推測が可能になり、能動的に出力を生み出すことができているんです。このマンガの主人公の場合も、メタ認知を可能にする“モデル”を持っていて、「俯瞰しろ」の合図でそれを意図的に起動させているといった感じですね。
竹内 この「モデルを作る」というのは、ある意味、今自分の周りにある世界を自分のなかにもう一つ模型として組み立てて、それを自分が客観視している、ということですか?
宮本 今の状況で説明してみましょう。私が今ここで何かを考えるときには、思考の前提となる世界、環境に対する自分の立ち位置がまずあります。目の前に竹内さんがいるという環境で、私が何かを発言し、私の発言に対して竹内さんが発言をするということを繰り返している状況ですよね。そのなかで、私は必死に二つのモデルを自分の脳内に作っている。自分自身に対して向けているモデルと、「竹内さんは今、どのように何を考えているのだろう」と相手が考えていることを推測するモデルです。この様に二つのモデルを脳内に持つことで、限られた情報、状況、文脈のなかで今話している内容を的確に判断しながら、次はこんなことを聞いてみようと会話を発展させることができる。この、脳内にモデルを作って俯瞰するという作業をわれわれは日常的にごく自然にやってのけています。

竹内 自分の外の世界の縮図を常に頭の中に作り、それを参照しながら外の環境を推測して、ということをやってのけているんですね。
宮本 そう、そして、そのモデルは一つひとつ自分の経験を元に作っていくしかない。映画マトリックスの主人公ネオの様に、脳をデジタル化することで新しい情報を脳に瞬時にダウンロードできるようになり、ありとあらゆる武術を経験なしに習得できちゃえば簡単ですけれどね。今のところそう簡単にはいかないので、見るもの、経験するもの、出会う人、だれかとの会話などの情報を一つひとつ積み重ねて、頭の中に世界の縮図となるモデル、一人ひとり違った自分なりのモデルを時間をかけて作っているわけです。
主体的なメタ認知をどう測るのか
竹内 メタ認知を科学するといっても……計測が難しそうですね。
宮本 そうなんです。メタ認知研究で難しいのが、まさにその能力をどう測るかという点です。例えば認知や記憶を測るのであれば、被験者に「今からこの単語のリストを覚えてください」と課題を出して、時間をおいてから「先ほどの単語を思い出してください」とたずねることで、被験者それぞれの認知機能や記憶容量を計測できます。しかし、メタ認知の能力というのは、課題がどのくらいできるかという能力からは完全に独立したものです。

竹内 どのように測定するのですか?
宮本 例えば、被験者にある難しい課題を行ってもらった後に「課題をちゃんとできたと思いますか。それとも失敗したと思いますか」と質問します。メタ認知能力の高い被験者の場合、ちゃんと正解したときには「正解したと思う」、間違っているときには「間違ったと思う」と報告をしてくれます。つまり、自分が考えていることに対してどれぐらいそれが確からしいかを自分で評価する能力を測るのです。
竹内 人によってメタ認知能力が高い、低いといった個人差はある、ということですよね。例えば学校でのテストが終わった時に、子どもたちが「やったー! 全部できた」とか言っていても、実は意外とできてない子も一定数いたりしますよね。
宮本 そう、そうなんですよ。
竹内 「三問だけできなかった」と具体的に言う子もなかにはいる。本当に三問だけ間違っていた場合、「三問だけできなかった」という認識についてはその子は正しく認識をしている。半分ぐらいしか正解できていないのに「全部できた!」という子と比べた場合、そこにメタ認知の差があるって考えていいわけですか?
宮本 おっしゃる通りで、(どの三問を間違ったのか正しく認識した上で)三問だけできなかったと言った子はすごくメタ認知能力が高いわけです。「全然できなかった」と言っているわりに100点だった場合は、テスト自体はできたけれどもメタ認知的な能力、つまり自分がどれだけできたかを客観的に測ることに対しては、あまり正確ではなかったということになります。
竹内 なるほど。今の話は自分のなかでの内省、確からしさについてですが、宮本さんが先におっしゃっていた自分以外の人の考えを推測して自分の行動を判断することもメタ認知能力の一つとなると、場の空気を読む人、読める人の方がメタ認知は優れている、ということになるのでしょうか?
宮本 難しいところですが、多分、空気を読んだ上で、その空気を壊さないように行動するのか、空気を変えるように行動するのかというところもメタ認知に含まれるのではないかと思います。つまり、メタ認知の能力の大事なところは、単に自分が今考えていることに対して、これぐらい自信があるとか、自信がないとかを評価するだけの能力ではなくて、その評価を使って次の行動をどうとるのかというところですよね。あえて空気を壊すことが大事な場面もありますし。
竹内 同調圧力がマイナスに働く場面もありますよね。その圧力をどの程度感じるのか、感じないのか、感じたうえで自分の行動や発言にどう反映させるのかは個人によって大きな差があるように思います。
宮本 メタ認知というのはかなり主体的なプロセスで、人からこうしなさいと言われてやるようなことではなくて、自ら課題をみつけて行動するとか、行動をした後に内省して自己評価をするものです。そして外の環境に対して自ら働きかけ、環境を変えられる。これもメタ認知がなせることの一つなのだと思います。そうなると「空気を読む、読めない」というのは、もしかしたらメタ認知と関係はあっても、空気を読む行為自体はメタ認知ではないのかもしれません。
メタ認知が社会を支える
竹内 人間のメタ認知能力は文明や社会の発展にも深くかかわっているように思えます。ヒトにそのような能力が備わったのは、進化的にはいつ頃なのでしょうか。
宮本 メタ認知の進化的起源……とても面白いテーマですね。複雑なヒトの脳とその機能を知るために、ヒトよりシンプルな脳から段階的に調べていくという方法をとることが多いのですが、実はここ20年ほどの間で、ヒト以外の動物種がメタ認知能力をどのぐらい獲得しているか調べられるようになってきました。例えば、脳神経科学で頻繁に用いられるラットでも、彼らがメタ認知に基づいた行動をとることを示唆する報告があります。その実験では、ラットにちょっと難しい課題をやってもらいます。正解した場合には、待っていれば報酬がもらえる設定です。課題に対して、ラットが正解したと自信があるときは結構な時間を待つのですが、自信ないなと思ったらすぐに待つのを止めて次の問題に挑戦するんですね。この実験を通して、どうやらラットも自分が課題を解いた後に内省みたいなものをやっていそうだと分かったのです。
竹内 ネズミさんも内省しているのですね!
宮本 ただし、その能力レベルはかなり原始的かもしれません。ネズミさんの場合にはヒトのように言葉で「自信、ありますか」と質問をして、どのくらいの自信に基づいた判断なのかを確認できない。そこでネズミよりもさらに複雑な脳を持つサルなどの霊長類から高次のメタ認知能力を持つのではないかと仮定し、ヒトと同じように発達した大脳皮質を持つマカクサルというおサルさんを対象に、ある実験をしてみました。はじめに絵を覚えてもらいます。少し時間をおいてから、その絵を思い出してもらう課題を出します。その次におサルさんに思い出した絵の正確さについて自信のほどを聞きます。自信があるときに押すボタンと、自信が低いときに押すボタンの2種類を用意しておいて選択してもらいます。
竹内 えっ!? おサルさんが自信の高低をちゃんとボタンを押して伝えてくれるのですか?
宮本 ははは(笑)。実験に工夫を一つ仕込んでおくと押してくれますよ。私たちの実験ではおサルさんが得られる報酬をハイリスク、ハイリターンにデザインしました。つまり、「自信あり」を選んでちゃんとそれが正解だった場合には、美味しいジュースがたくさんもらえる。自信ありを選択したけれど、それが不正解だった場合には残念ながらジュースは1滴ももらえない。つまり「自信あり」を選び、なおかつ正解した場合にはたくさん良いことがあってハイリターンですが、「自信あり」を選んでそれが不正解だと嬉しいことが何もないハイリスクというわけです。反対に、「自信なし」ボタンを選んだ場合、それが正解の場合も不正解の場合もちょっとだけジュースがもらえるように設定しておきます。このデザインを学習してもらうことで、おサルさんは「正解したぞ」と思うときには自信ありボタンを押し、「正解しなかっただろうな」と思うときには自信なしボタンを選択してくれます。おサルさんはこの課題を学習し、すぐにできるようになりました。

竹内 なるほど。実験のデザイン一つで主体的な“確からしさ”をちゃんと調べられるのですね。その実験中の脳活動データをとったりするのですか?
宮本 はい。fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という脳活動をリアルタイムで測ることのできる装置を使い、おサルさんが課題を行う際に活動する場所をマッピングしていきます。おサルさんがメタ認知的な処理をしているときには、大脳皮質の前方にある前頭葉の、さらに一番前にある前頭極と呼ばれる部位が強く活動していることが分かりました。実はこの前頭極という部位は、脳がよく発達している哺乳類にしかない場所で、これに相当するものはマウスやラットなどのネズミにはありません。そして、この前頭極がわれわれヒトの脳では特によく発達しています。
竹内 ネズミからサルへと脳の複雑さの段階を追って調べていくと、どうやら霊長類からメタ認知を司る脳機構が顕著にみられるぞ、ということですね。そして、サルにおいてメタ認知がしっかり確認されたということは、メタ認知には人間が使っているような言語は特に必要ではない、ということになりますよね。
宮本 そうなんです! メタ認知は言語が出てくる前の段階、より原始的なコミュニケーションを行っているような動物種においても重要であると考えています。先ほどの実験のマカクザルを含め、霊長類は集団で生活をしますよね。動物園のサル山でよく見るニホンザルの場合は何十頭という大きな群れを作ります。その中心にはボスザルがいて、ほかのサルにはそれぞれ順位があってと、複雑な個体間関係からなる社会的な集団です。このような複雑な個体間関係を言語なしで築いていくときには、自分の集団での立ち位置と自分以外のサルが何を考えているのかの両方を考察して統合しながら次にどんな行動を取るべきかを考えないといけない。複雑な構造を持った群れは、いわゆる“社会の原型”を機能させて維持するためにメタ認知が必要だと考えています。
竹内 ライオンもプライドと呼ばれる群れで生活しますよね。群れのなかでは順位もありますし、コミュニケーションも重要そうです。一方、同じネコ科でもトラの場合は単独行動が多い。ほかにも群れで行動する動物やそうではない動物などいろいろ存在しますよね。動物種それぞれにおいてメタ認知の差はあるのでしょうか?
宮本 メタ認知を動物種で比較する研究は、行動生態学や比較認知科学の研究者が注目しはじめています。サル以外にもイルカやクジラ、鳥類のいくつかの種類でもメタ認知の原型みたいな能力を持っていることが知られています。つまり哺乳類や鳥類では、自身の行動を評価するようなメタ認知的なものを何かしらの形で持っていることで環境に適応できている。その能力がより人間にも分かる形で顕在化しているのが、ヒトと同じような社会性を持った動物というわけです。
後編へつづく
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竹内 薫
猫好きサイエンス作家。理学博士。科学評論、エッセイ、書評、テレビ・ラジオ出演、講演などを精力的にこなす。AI時代を生き抜くための教育を実践する、YESインターナショナルスクール校長。X(Twitter): @7takeuchi7
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