1. “注意力”を制御する脳領域と回路を発見

2020年12月13日





目標達成に欠かせない“注意力“のコントロールには、「気を散らすものを無視する力」と「衝動を抑える力」の2つが必要だ。理研-MIT神経回路遺伝学研究室のチームは、これら2つの能力はそれぞれ独立しているものの、青斑核とよばれる1つの脳領域に存在するノルエピネフリン産生ニューロンの活動が、前頭葉にある2つの異なる領域をターゲットにしてその神経活動を調節することで、どちらの能力も制御していることを示した。


「青斑核(脳幹にある神経核)の活動が、ターゲットとする脳領域の神経活動を選択的に調節し、“注意力”をコントロールする、という重要な因果関係が、私たちの研究結果によって示された」と利根川 進教授率いるピカワー学習・記憶研究所 ハワードヒューズ医学研究所 理研-MIT神経回路遺伝学研究室の著者らは述べている。


「青斑核のノルエピネフリン産生ニューロン、別名ノルアドレナリン作動性ニューロンが、注意力をコントロールする役割を担っていることは、ヒトや他の哺乳類における薬理学的研究や損傷実験から示唆されてきたが、最も信憑性の高いエビデンスにおいても、因果関係ではなく相関関係しか示していなかった」と論文の筆頭著者で利根川ラボの研究員である、アンドレア・バリは言う。米国科学アカデミー紀要Proceedings of the National Academy of Sciencesに掲載された彼らの新しい研究は、マウスが3種類の注意力のコントロールを要するタスクを行っている最中に、光遺伝学的手法を用いて、青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンの活動を時間的、空間的に精確にコントロールすることで、明確な因果関係を実証した。このような光遺伝学的操作は即座かつ確実に、マウスのパフォーマンスに大きな影響を与えることができた。





チロキシンヒドロキシラーゼ(紫色)をマーカーとして同定され、青色レーザー照射によってニューロンを活性化するチャネルロドプシン2:ChR2(緑色)を発現するよう遺伝子改変された青斑核のニューロン
図:アンドレア・バリ/利根川研究室



「細胞種特異的な技術を用いることで、青斑核の活性化が注意力の変化を引き起こすことを私たちは世界で初めて実証した」とバリは言う。


この研究成果は、注意力のコントロールや関連する能力のどちらかに障害があるとされる注意欠陥・多動症(ADHD)のような精神疾患の解明と治療法開発に重要な貢献をもたらすものだ、と著者らは言う。


「ADHD当事者は、注意力散漫と衝動性の両方の症状に悩まされている」と、共著者のミケレ・ピグナテリ研究員は言う。「しかし主に注意力散漫が現れるタイプもあれば、多動や衝動性が主な症状のタイプもある。こうした異なるタイプのADHDの研究に取り組むための新たな戦略を考案できるかもしれない」


今回の研究では予期せずして、 “不安”に関する青斑核の役割に新たな疑問を投げかける結果も得られた。バリは言う。「驚いたことに、青斑核を刺激するとマウスの不安も和らいだ」


「集中力」を司る核



図1

光遺伝学では異なる色の光を照射することで、神経活動を活性化したり抑制したりできる。研究チームは光遺伝学を用いて、青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンの活動を活性化と抑制の両方向に制御する技術を確立し、光遺伝学的操作がマウスの行動に与える影響を調べた。1つ目のタスクでは、マウスは2つある入り口のうち、0.5秒間フラッシュが点灯した方の入り口に鼻先を入れると餌の報酬がもらえる(正解)が、フラッシュが点灯する前に7秒間待たなければならない(図1)。このタスクにおいて、光遺伝学を用いて青斑核のニューロンを活性化されたマウスは、活性化されていないマウスよりも正解率が高く、またフラッシュが点灯する前に動いてしまう「早まった行動」、いわゆるフライングは少なかった。逆に青斑核のニューロンの活動を抑制されたマウスは、正解率が低く(つまり注意力が散漫でフラッシュを見逃す場合が多く)、フライングが多かった。



図2



次に研究者たちは、ヒトの認知神経科学研究で広く使われている「ポスナーの空間手がかり課題」から派生した2つ目の行動タスクでマウスを訓練した。このタスクでは、餌がもらえる入口(正解)を示す光(今回は3秒間)が点灯する前に、手がかりとなるフラッシュが提示される。この手がかりの光は、正解と反対側に点灯する場合もあれば、真ん中や、同じ側に点灯する場合もある(図2)。このタスクにおいても、青斑核の活性化によってマウスの正解率は上昇し衝動性が抑えられ、逆に青斑核の抑制によって正解率は低下して衝動性が増加した。ところが、このタスクにおけるマウスの反応時間から新たに分かったことがある。青斑核を活性化されたマウスは、実際の目標である正解を示す光に集中していて、反応時間に変化はなかった。しかし青斑核の活動を抑制されたマウスは、手がかりの光に気をとられるために、正解と反対方向に手がかりの光が点灯すると通常より反応が遅れ、逆に正解と同じ方向に手がかりの光が点灯すると反応が早くなる、というように反応時間がバラバラだった。



図3



3つ目の行動タスクでは、マウスにより難しい行動課題を与え、これまでと異なる光遺伝学的操作を行った。このタスクでマウスは、餌の場所を示す3秒間の光とは全く関係のない光によって常に気を散らされる(図3)。このタスクにおいても同じ結果が得られたが、1つだけ例外がみられた。青斑核の活動を抑制されたマウスは、気が散らない状況では正解を示す3秒間の光の提示に対して正しく行動することができたが、気が散ってしまう状況では正解できなくなった。


注意力を保つ機能と衝動を抑える機能が、独立で切り離せるかを厳密に調べるため、研究チームは、青斑核のニューロンの活動、つまりノルアドレナリンの放出を、細胞体ではなく前頭前野(PFC)の特定の領域に投射し刺激して制御した。バリらによる先行研究からの知見と、また他のチームの研究結果からヒントを得て、研究チームは前頭前野背内側部(dmPFC)と眼窩前頭皮質腹外側部(vlOFC)という領域をターゲットとした。この実験で研究チームが前頭前野背内側部(dmPFC)に投射する青斑核ニューロンを活性化すると、マウスの正解率が上がったが、フライングは減少しなかった。反対に、眼窩前頭皮質腹外側部(vlOFC)へ投射する青斑核ニューロンを活性化すると正解率は上がらなかったが、フライングが減少した。


「この研究では、行動実験や光遺伝学、神経回路遺伝学の技術を用いることによって、青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンの活動を、非常に高い時間解像度で細胞タイプ特異的に操作したり、記録したりすることが可能となり、特定のタイミングでノルアドレナリンを調節することと注意力のコントロールとの因果関係を実証できた」と著者らは述べている。「私たちの研究成果により、集中力を高める『青斑核―前頭前野背内側部(dmPFC)の回路』と、衝動を抑える『青斑核―眼窩前頭皮質腹外側部(vlOFC)の回路』という、2つの分離可能な『青斑核―皮質回路』が協調的に働き、注意力による行動のコントロールを調節していることが示された」


“不安”が和らぐ


今回の研究は、青斑核の活性化が「不安」を減らすという結果も明らかにした。青斑核のノルアドレナリンの活動が上昇すると不安も増加するということが、多くの研究から示唆されてきた。ピグナテリは言う。「不安が大きければ、マウスが餌を探して鼻先をあちこち突っ込もうとする意欲がそがれるかもしれないし、逆に不安からもっと衝動的になってしまうかもしれない。だから注意力コントロールを評価するタスクを始める前に、青斑核の刺激が不安に与える影響を調べる必要があった」


青斑核の活性化が不安を解消するという、意外な効果を調べていけば、将来、非常に面白い研究分野となり得る、とバリは言う。「もっと“注意力“を集める、と期待している」バリは微笑む。


この論文は、利根川、バリ、ピグナテリに加えて、シユウ、竹内、フェン、リーが共著者となっている。この研究は理化学研究所脳神経科学研究センター、ハワードヒューズ医学研究所、JPB財団、米国国立衛生研究所、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム奨学金、中国国立自然科学基金、北京ブレインイニシアティブの支援を受けた。


Andrea Bari, Sangyu Xu, Michele Pignatelli, Daigo Takeuchi, Jiesi Feng, Yulong Li and Susumu Tonegawa. “Differential attentional control mechanisms by two distinct noradrenergic coeruleo-frontal cortical pathways.” Proc Natl Acad Sci USA. 2020 Nov 17, 117(46):29080-29089. Doi:10.1073/pnas.2015635117.