谷本 彩
研修生, 時空間認知神経生理学研究チーム


研究室訪問

げっ歯類の脳の学習メカニズムや、中枢神経系と末梢神経系の関係などを研究しているいくつかの研究室を訪問しました。主に大学院生が実験スペースやオフィスを案内してくれ、システム神経生理学分野の新しい技術、特に電気生理学的セッティング、行動装置などについてディスカッションしました。複数の研究室が同じスペースをシェアしており、私たちが話していると別の研究室のメンバーが話しかけてくるなど、交流が盛んなように見えました。また、UCSFの学生たちとランチをしたとき、たまたまDBS(脳深部刺激)装置を埋め込んでいる患者のケアをしている臨床心理学者と同じテーブルになり、ある学生との間に共同研究が始まりそうになる現場に立ち会うこともできました。

ポスターセッション

私は、視覚的弁別課題中の視覚回路(線条体尾部、外側膝状体、視覚野)における学習依存的な活動変化に関する博士研究の成果を発表しました。主に線条体に興味を持っている研究者たちがポスターを聞きに来てくださり、私の用いた行動パラダイムに関連しそうな神経回路等について議論できました。様々な興味深いフィードバックをもらうことができ、視野が広がりました。また、ほかのポスターもいくつか見て回り、興味をそそられるトピックをたくさん見つけました。発表者も聴衆も飲み物を片手に自由に議論し、交流できる雰囲気でした。博士1年目の学生も熱心で、本質的な質問をしていました。このような気取らないセッションにより、親密な科学者コミュニティが形成されていくのだろうと感じました。

このプログラムでの経験は、科学者としてのキャリアにどのように影響するのでしょうか?

リトリートで最も印象的だったのは、大学院生同士の親密さです。1学年25~30人いたようですが、1年生は全員、自己紹介や研究テーマ、さらには「自分に関する面白いこと」を発表していました。先輩院生たちは後輩のことをよく気にかけていて、日本の大学のサークルのような雰囲気でした。また、リトリート中には「カラオケ」の時間があり、同学年の学生たちが歌を歌い、元気に踊っていました。UCSFのユニークな研究は、1年次の授業のカリキュラムや研究室ローテーション制度もさることながら、親しい学生同士の自由なディスカッションによって生まれているのかもしれないと思いました。また、DEI(Diversity, Equity, Inclusion)のセッションもあり、学生も教員も、どうすれば誰に対しても開かれ、居心地のいい学校になるかについて活発に話し合っていました。熱心に環境改善に取り組む姿勢から、研究現場での他者との協力のあり方について考えさせられました。

もうひとつ驚いたのは、アカデミアでのキャリアを選択しない学生がかなりの割合を占めていたことです。就職先としては製薬会社や神経科学関連技術を開発する企業が多いようでした。アメリカでは、製薬会社でも研究を続けられ、アカデミックな研究機関よりも給料が高いようなので、大学院生にとって企業への就職が魅力的な選択肢のようでした。次のキャリアステージに対する学生たちの率直な意見は、私自身の将来のキャリアを考える上で参考になりました。

最後に、UCSFでは共同研究が盛んに行われているようでした。例えば、組織にほとんどダメージを与えずに神経細胞を長時間記録できる柔らかい電極や、ヒトの組織切片を数日間保存し、ウイルスインジェクションを行う技術についての魅力的な発表がありました。これらの新しい技術は、一人では開発するのは難しいため、多くの研究室同士の協力が必要と考えられます。また、前述したように、UCSFではげっ歯類とヒトの基礎研究者の間の垣根も低いように感じました。臨床的ないわゆるトランスレーショナル・リサーチだけでなく、より基礎的な生理学においても生物間を越えた共同研究が実現可能になってきたことを目の当たりにし、げっ歯類の研究成果をヒトの研究に発展させたいという思いが強くなりました。