理研脳神経科学研究センター発足記念シンポジウムレポート

2018年7月11日


2018年4月にスタートした脳神経科学研究センター(以下CBS)のビジョンや脳科学研究全体が見据える課題について議論し広く伝えるべく、キックオフシンポジウムを開催した。東京丸の内の会場には満員に達する約200名の参加者を集めた。


主催者挨拶として理化学研究所松本理事長が前身である脳科学総合研究センター(以下BSI)での20年の実績を引き継ぎいかに発展させるかを検討し発足させた新センターCBSを紹介し、社会に対し責任のある研究者としての自覚の大切さや未来社会を描きながら基礎研究を進める必要を訴えた。


主催者挨拶を述べる理研理事長 松本紘

主催者挨拶を述べる理研理事長 松本紘


続いて来賓として文部科学省より林芳正大臣が祝辞のなかで「人類のフロンティアの一つである脳科学研究に大きな関心を寄せている。大きな疑問や課題があるほど遣り甲斐はある。今後CBSが優れた成果で脳科学を引っ張り社会発展へ貢献することを期待する」と述べ、文部科学省としてのバックアップを約束した。


林芳正文部科学大臣からの祝辞

林芳正文部科学大臣からの祝辞


上口裕之CBS副センター長がBSI設立の経緯から20年の歩み、CBS発足までの流れを紹介した後、脳科学コミュニティを代表して、京都大学大学院教授・日本神経科学学会会長の伊佐正氏が「脳科学研究コミュニティからの期待 -脳科学と脳科学研究者の未来-」と題した講演を行った。理研ならびにBSIの過去20年での功績を称賛するとともに、今後の課題として日本の国力衰退への科学界からの対策として研究機関を横断する研究者コミュニティ発展ならびに若手研究者の育成の重要性を述べ、さらに2016年伊勢志摩サミットに向けたG-サイエンスの提言に言及し、脳科学における国際連携の展望と重要性を解説した。 また、両立すべき課題として、要となる基礎研究と社会への貢献につながる応用研究、新しい人材を迎えるための流動性確保と研究成果の厳正な評価、独創的な研究を落ち着いて行う環境の保証、適材適所・人的物的リソースの活用を目指した研究機関間の連携の必要性など、いずれも難題ではあるが今後CBSが指導的役割を果たしていくことを期待すると述べた。


京都大学大学院教授・日本神経科学学会会長 伊佐正氏

京都大学大学院教授・日本神経科学学会会長 伊佐正氏


続いて理研で同じく組織改編を行った生命機能科学研究センター(以下BDR)の西田栄介センター長が「生命の理解を目指す同志として」と題した講演を行い、力強いエールを送った。BDRのキャッチフレーズである “生き物としてヒトの理解から健康寿命の延伸へ”を紹介し、最終的にはヒトの誕生から死に至るまでのライフサイクルの全貌を理解したい、その上で脳が老化寿命のコントロールセンターであるという点から将来的なCBSとBDRの連携研究の可能性について述べた。


理研BDR西田栄介センター長

理研BDR西田栄介センター長


サイエンス以外の分野を代表して登壇した将棋の中村太地王座の講演はサイエンスに身を置く者にとって示唆に富む内容であったのではないだろうか。 ヒトをヒトたらしめる脳は、ホモサピエンスが受け継ぎ進化させてきた宝である。自身を知るという究極の真理を探究する脳科学へ対し、9×9の盤上の真理を探求する棋士として敬意を表する、という言葉で始まった。将棋では、上達すると同じ局面でも景色が変わって見える、今まで見えなかった世界が見えてくる。4歳から25年以上将棋を指しているが、まだわからないことだらけで日々発見の連続であり飽きることがない。そして強いもの同士の拮抗した局面の中に美を感じる。将棋を突き詰めることで信仰にも似たような美しい何かに出会えるのではないかという気持ちが背中を押しており、それをいち早く自分で解明したい、人生最後の日には結論が知りたいという熱い思いを語った。


また、研究を伝えていく大切さについても将棋界での例を挙げて言及した。最近、将棋は指さないが“見るファン”が増えており、そのようなファンに対し中村王座はわかりやすい解説を心掛けているという。脳科学にも同様にライトなファンがいるのではないか。難解そうにみえる脳科学であるが、興味のある層は存在するはず。将棋も研究も一見孤独にみえる世界であるが、興味・関心のある人々や外へ向けた活動は、実は将棋界、科学界の活性化につながっている。これからのCBSの活動が外にわかりやすく伝わってくることを楽しみにしていると述べた。


今や将棋とは切り離すことのできないテーマであるAIについても触れた。昨今のAIの発展により将棋における定跡が見直されているという。AIは局面の優越を数値化して教えてくれるため、今までは“悪い”とされていた手も定跡から外れていただけで“良い手”と考え直され、中村王座自身が自分の価値観を見直すことの大切さに気付かされているという。AI発展の中での人間の役割とは何か。将棋において直観とならび重要とされている大局を掴むということではないか。混沌とした局面でAIは方向性までは示してはくれない。構想を中長期的に描き次の一手を考える力は経験によって養われるものである。AIを将棋をともに探求するパートナーととらえた場合、大局観を持つことは人間の役割ではないだろうかと述べた。講演の最後には「CBSにはAIや新技術のかじ取りをうまくして私たちの見たことのない世界を見せてほしい」と期待を語った。


中村太地王座の講演

中村太地王座の講演


本シンポジウムを締めくくる講演として、CBSセンター長の宮下保司が「人と社会のために-脳神経科学研究センターのミッション-」と題し“研究を通して社会に貢献する”というミッションを前提にした新センターのビジョンを解説した。


BSIでの研究テーマを継承した3本の柱、(1)疾患の克服と生活の向上に貢献すること、(2)ビッグデータの蓄積から活用を推し進めること、(3)生命の普遍性を手掛かりとした動物モデルに基づいた階層横断的な研究の推進、に加え新しい課題として「われわれ人間を特徴づける脳機能の解明」を推し進める計画を披露した。そこではヒトにフォーカスし、推論、高度な社会性、互恵性、内省、メタ認知などヒトが獲得してきた脳高次認知機能の解明を目指す。しかし脳高次機能はうつ病、統合失調症、発達障害、高次機能障害などの様々な社会問題にも直結している。それら脳疾患の根本的発症メカニズムは不明であり社会問題の一つとなっている。ヒト脳高次機能の解明はこれらの社会問題の解決に大きく貢献できる。また、内省、他者を互恵し思いやることのできる次世代AIの開発も高次機能解明が実現できると述べた。


続いてセンター内でこれらの課題を推し進めるための3つの方針を挙げて解説した。

  • Scientific excellence 国際的に突出した研究成果の発信
  • Fostering young researchers 優秀な若手研究者の育成
  • Dedication to science community 国内外の脳科学コミュニティへの貢献

先に登壇した伊佐正氏の言葉にも触れ、今後CBSが中核拠点となり引っ張っていく決意を述べた。


また、企業との連携による研究の推進、社会への貢献についてトヨタとの共同研究を例に解説した。自動運転の技術開発が進む中、“Sense of Agency:自動車操作における人間の持つ主体感”に関する研究に触れ、運転の自動化と運転が楽しいと人間が操作主体感を持つバランス、その主体感をもたらす脳の中の解釈、そして「自由意志とはどこから生まれるのか」という自動車会社の現場から生まれた問題意識は脳科学の根本的問題にも重なるものであり、理研と企業との有益なコラボレーションのモデルであると述べた。トヨタ、オリンパス、花王、オムロンとの連携研究を通してヒトの高次機能研究を推し進め、次世代AIの開発、疾患の診断・治療法開発、世界への日本の貢献における脳科学的アプローチを推進する中核拠点としてCBSは進んで行きたいと締めくくった。


宮下センター長がCBSの展望を伝える

宮下センター長がCBSの展望を伝える


Text by 脳神経科学研究推進室アウトリーチ
Photo credit: CBS